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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)9905号 判決 1987年12月25日

原告

山本剛也

ほか一名

被告

西村勝

主文

一  被告は原告らに対し、それぞれ一六七二万七四九二円及びこれに対する昭和六一年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれ棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告ら両名に対し、それぞれ二五二〇万九六三二円及びこれに対する昭和六一年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

分離前の相被告阪口浩三(以下、「阪口」という。)は、昭和六一年六月二九日午後九時二〇分ころ、大阪府東大阪市西岩田二丁目五番二〇号先の大阪中央環状線南行車線(二車線)のうち左側の車線(以下、「本件車線」という。)を普通乗用自動車(登録番号、大阪五二ち七六五九号。以下、「加害車両」という。)を運転して北から南へ進行中、折から同所の本件車線上の左端に駐車させていた自己の車両に乗車すべく右車両の側方の本件車線上を南向きに歩行していた山本高敬(以下、「高敬」という。)にその後方から加害車両左前部を衝突させ、高敬を跳ね飛ばして転倒させたうえそのまま逃走した(以下、「本件事故」という。)そのため、高敬は、頭蓋底骨折による脳挫傷の傷害を負い、翌三〇日に死亡するにいたつた。

2  責任

被告は本件事故当時加害車両を所有し、これを自己のために、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償補償法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて生じた後記の損害を賠償する責任を負うものである。

3  損害

(一) 逸失利益

高敬(昭和二七年一二月二八日生)は本件事故当時満三三歳の健康な男子であり、トナミ運輸株式会社に勤務して昭和六〇年度には年額三六九万八二三円の給与所得を得ていたものであるから、本件事故に遭わなければ、就労可能な満六七歳までの三四年間にわたり毎年少なくとも右金額を下らない収入を得られたはずである。したがつて、高敬が本件事故によつて失うこととなる収入の総額から三〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益の本件事故時における現価を求めると、次の算式のとおり五〇五一万九二六四円となる。

(算式)

3,690,823×(1-0.3)×19.554=50,519,264

(二) 慰藉料

高敬は一家の支柱として、結婚後間もない妻(原告山本志津子)と事故当時生後一か月の長男(原告山本剛也)及び老祖母を扶養していたところ、これらの遺族を残したまま轢き逃げ事故によりあえない最期を遂げたものであつて、これによつて受けた同人の精神的苦痛は甚大であるから、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては二〇〇〇万円が相当というべきである。

(三) 葬儀費用

原告らは高敬の葬儀を執り行い、その費用として九〇万円を支出し、その額の二分の一ずつを負担した。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起及び追行を原告らの訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として各二〇〇万円宛を支払うことを約した。

4  損害の填補

原告らは自賠責保険から本件事故による損害の填補として各自一二五〇万円宛合計二五〇〇万円の保険金の支払いを受けた。

5  権利の承継

原告山本志津子は高敬の妻であり、原告山本剛也は高敬の子であつて、他に高敬に相続人はいないから、原告らは高敬が取得した被告に対する前記3の(一)及び(二)の損害賠償債権を相続により、法定相続分に従いそれぞれ二分の一の割合で承継取得した。

よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、自賠法三条に基づき、前記損害金より自賠責保険から支払を受けた各一二五〇万円を控除した二五二〇万九六三二円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和六一年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2のうち、被告が加害車両を所有していたことは認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

5  請求原因5の事実のうち、原告山本志津子は高敬の妻であり、原告山本剛也が高敬の子であることは認める

三  抗弁

1  (運行供用者の地位の喪失)

被告は自己の経営する飲食店「八十八」の店長として雇用していた阪口に本件事故以前から加害車両を期間の定めなく無償で貸与し、阪口はこれをもつぱら私用のために使用し、燃料費、整備費、車検費用、自賠責保険料などの経費も自ら負担していたものであつて、しかも本件事故は阪口の私用運転中に発生したものであるから、被告は本件事故の際の加害車両の運行につき支配も利益も共に喪失していたものというべきである。

2  (過失相殺)

高敬は本件事故現場付近が駐車禁止区域であるにもかかわらずそこに自己の車両を駐車させ、それに乗車するため前後左右の安全を十分に確認しないまま本件車線上を歩行していたため加害車両に衝突されたものであるから、本件事故の発生については高敬にも過失があつたというべきであり、損害額の算定にあたつては高敬の右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、阪口が被告の経営する居酒屋の店長であつたことは認めるが、阪口が加害車両をもつぱら私用に使用していたとの点は否認する。阪口は加害車両を通勤や営業用材料の仕入に利用していたものである。

2  同2は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録並びに証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  (事故の発生)

成立に争いのない甲第一号証及び乙第一ないし第二四号証、丙第一及び第二号証によれば、請求原因1の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  (責任)

請求原因2のうち、被告が本件事故当時加害車両を所有していたことは当事者間に争いのないところ、被告は、本件事故の際には加害車両の運行支配も運行利益も共に喪失していた旨の主張をするので、以下この点について判断するに、阪口が被告に雇用されて被告の経営する飲食店「八十八」の店長であつたことは当事者間に争いのないところ、前記乙第一五ないし第二四号証、丙第一、第二号証並びに被告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  被告はかねてより、四か所に店舗を構えて「八十八」の屋号で飲食店(炉端焼)を経営するとともに、右のとおり阪口を雇用してそのうち一店の店長に充てていたものであるが、昭和五七年頃、退職した女店員に退職金代わりに贈与する予定で購入した加害車両が不要となつたところから、当時自宅から自転車で通勤していた阪口にこれを無償で貸与することとした。

2  その際、阪口は、燃料費、修理代、車検費用、自賠責保険料などの加害車両に関する経費を自ら負担することを約し、以後これを負担するとともに、加害車両を主として通勤のために使用し、夜間は自宅付近の路上に、昼間の勤務中は店の前の路上にこれを駐車させていたが、時には「八十八」での営業用の物品の運搬のためにこれを使用することもあつた。

3  本件事故当日は日曜日で、「八十八」も休業していたため、阪口は、夕涼みかたがた淀川方面へドライブに出かけたものであるが、その帰途本件事故を発生させるにいたつた。

しかしながら、右に認定した程度の事実関係のみによつては、未だ被告が加害車両の運行に対する支配及び利益を喪失するにいたつたものと認めることはできず、しかも他にこれを認めるに足りるような事情は見当たらない。

そうすると被告は本件事故当時、加害車両を自己のために運行の用に供していたものといわなければならず、したがつて自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものというべきである。

三  (損害)

(高敬に生じた損害)

1  逸失利益

成立に争いのない甲第二号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証、前記乙第一四号証によれば、高敬は、昭和二七年一二月二八日生まれの本件事故当時満三三歳の健康な男子で、トナミ運輸株式会社に勤務し、昭和六〇年度中に年額三六九万〇八二三円の給与所得を得るとともに、一家の支柱として妻子・祖母を扶養していたことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、高敬は、本件事故に遭わなければ就労可能な満六七歳までの三四年間にわたり毎年少なくとも右金額の収入を得られたはずであり、同人の収入に占める生活費の割合は三〇パーセントと推認することができるから、高敬が本件事故によつて失うこととなる収入の総額から右割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益の本件事故当時における現価を求めると、次の算式のとおり五〇五一万九二六四円となる。

(算式)

3,690,823×(1-0.3)×19.5538=50,518,730

2 慰藉料

前記甲第二号証、乙第一四号証によれば、高敬は新婚の妻である原告山本志津子と生後間もない長男の原告山本剛也を残して、原告らの目前で一瞬にしてその生命を奪われたものであることが認められるのであつて、そのような事情及び轢き逃げという本件事故の態様その他証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、高敬が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては、一八〇〇万円が相当というべきである。

(原告らの固有損害)

3 葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは高敬の葬儀を執り行い、このため相当の費用を支出したものと認められるところ、右葬儀費用のうち原告らにつき各四〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

4 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士である原告代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事故の内容・審理経過・請求額・認容額等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告らそれぞれについて各一五〇万円と認めるのが相当である。

四  抗弁2(過失相殺)

高敬が本件事故現場付近の大阪中央環状線南行車線(二車線)のうち左側(歩道寄り)の本件車線上の左端に自己の乗用車を駐車させていたところ、これに乗車すべく右車両の側方の本件車線上を南向きに歩行していたときに後方から加害車両に衝突されたものであることは、前記のとおり当事者間に争いのないところであり、前記乙第五ないし第七号証、同第一一号証、同第一四ないし第二四号証、丙第一号証、同第三号証によれば、右衝突位置は歩道から約二・四メートル離れた車線分離ライン付近であること、右事故現場付近の道路における車両の通行状況はかなり頻繁であり、また駐車禁止の規制がなされていたことが認められる。

そうすると、高敬としては、そのような状況にある道路上に駐車させている自車に乗車すべく本件車線上を歩行するについては、後方から進行してくる車両の有無や位置を確認し、接近してくる車両を認めたときは、できる限り歩道側に寄るとか、これをやり過ごしてから車道上を歩行するなどして事故に遭わないよう十分配慮すべきであつたのに、後方を確認しないまま右のような位置の車道上を漫然と歩行していたため本件事故に遭つたものといわざるをえず、その意味において本件事故が発生するについては、高敬にも過失があつたものといわなければならず、諸般の事情を考慮すれば、その過失割合は、高敬が二割、阪口が八割と評価するのが相当である。

したがつて、前記三の1ないし3の損害額から二割を減額する。

五  損害の填補

請求原因4の事実は当事者間に争いがないので、前記四の過失相殺後の金額から各一二五〇万円を控除する。

六  権利の承継

原告山本志津子が高敬の妻であり、原告山本剛也が高敬の子であることは当事者間に争いがなく、前記甲第二号証、乙第一四号証によれば、他に相続人はいないことが認められるので、高敬の死亡に伴い、原告らは各二分の一の相続分に従い高敬の前記三の1及び2の損害賠償債権を相続によつて承継取得したものである。

七  結論

以上の次第で、原告らの被告に対する本訴各請求は、前記三の1及び2の合計額の二分の一に三の3を加えた額の八割から五の既払額を控除し、これに前記三の4を加えた一六七二万七四九二円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和六一年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 田邊直樹 井上豊)

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